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角川武蔵野ミュージアムに秋田の人形道祖神が集結します

投稿者:小松 和彦 投稿者:小松 和彦 小松 和彦

「人形道祖神を首都圏にお連れしたい 」、「首都圏の美術館に展示するためのレプリカ制作が今月からいよいよ本格的にスタート」そんな内容の記事が昨年の秋から何度もこのブログに登場しております。詳しい内容を書きたい気持ちを必死に抑えながら小出しにしてきましたが、美術館からプレスリリースが行われ、ついに情報が解禁となりました。

2020年11月、埼玉県所沢市にオープンする角川武蔵野ミュージアム。開館記念イベントとして開催される『荒俣宏の妖怪伏魔殿』に秋田県から人形道祖神が8体、鹿島人形が20体、鹿島船が一艘、出展されます!

「妖怪伏魔殿」のイメージ画像

秋田人形道祖神プロジェクトは昨年からこの企画展に全面協力させていただいております。角川文化財団さんからお話をいただいたのは昨年の秋。なんと荒俣先生が自らの企画展に「秋田の人形道祖神をぜひ収蔵展示したい」とおっしゃっているというのです。

隈研吾さんが設計された角川武蔵野ミュージアムの建物

首都圏で秋田の人形道祖神が複数体展示される機会は1991年に神野善治先生が企画された『道祖神の源流展』(川崎市民ミュージアム)以来、ほとんどなかったと思います。「秋田の人形道祖神を広く知っていただくにはこれ以上の機会はない」私たちは展示用の道祖神の制作依頼から運搬、展示の一部にいたるまで担当させていただくことになりました。

当初、 展示用の人形道祖神の制作交渉は材料となるワラの確保などで難航したことが何度もありましたが、県内4市6集落の皆さんから承諾を得ることができました。そして6月から各地で道祖神作りがスタート。私たちも各地の制作現場に立ちあわせていただきました。

小掛のショウキサマの制作風景

6月第一日曜日は能代市小掛のショウキサマが制作されました(その時の様子はこちら)。ショウキサマが骨組みから作られるのを拝見するのは2017年、60年ぶりに作り替えが行われた時以来。貴重な取材をさせていただきました。

元小安(下)のニンギョウサマと制作された皆さん

続いては湯沢市、皆瀬川流域のニンギョウサマ。スライドトーク恒例の「宮原が選ぶかわいい道祖神」で常に上位の元小安と白沢のニンギョウサマを各集落で作っていただきました。元小安のニンギョウサマを制作していただいた5名の方の苗字は全員「阿部」さん。完成したニンギョウサマは小さくとも存在感があります。

白沢のニンギョウサマ

白沢のニンギョウサマは集落総出ではなく、個人で制作しております。今回は集落の「上」に鎮座するニンギョウサマを担当されている佐藤友一さんに制作をお願いしました。(その経緯はこちら)ご夫婦で編み方を研究されて、かわいいミノボッチが出来上がりました。

ジンジョサマと山田集落の皆さん

「人形道祖神ワンダーランド」こと大館市からは一集落に8カ所、全16体が祀られる「人形道祖神の聖地」山田のジンジョサマが所沢へ。普段祭られているジンジョサマはそれぞれの常会(町内)によって制作、管理されていますが、今回は「オール山田」で作りました。「各常会の人がジンジョサマの作り方を勉強する機会になりました」と山田部落会会長の赤坂実さん。男神を赤坂常会、女神を新明岱常会の方が中心になって制作されましたが、手足の編み方が微妙に異なることが分かりました。

完成したカシマサマと御返事の皆さん

6月最終日曜日には湯沢市御返事(おっぺち)のカシマサマと横手市末野のショウキサマの制作が行われました。御返事は春になってからお願いにあがったのですが、町内会長の高橋伸太郎さんは「コロナ退散のためにやってみましょう」と引き受けていただきました。長老の藤原信敏さんの指導で各パーツを念入りに作っていただき、美しいカシマサマが完成。角川武蔵野ミュージアムで、ぜひあの「ガモツキ」を披露したいです。

ショウキサマと末野の皆さん(完成の場面に間に合わず、いただいた写真をスキャンしました)

末野のショウキサマは角川で展示される道祖神の中で最大となる3・8メートルの藁人形。『村を守る不思議な神様2』やこのブログでも何度も紹介しておりますが、末野は人形道祖神と鹿島流し(人形送り)が併存する、秋田県の人形行事を語る上では特別な集落です。村のリーダーである斉藤繁さんが一か月以上もかけて準備され、原寸大の道祖神を集落の皆さんと一緒に制作されました。当日、御返事のカシマサマの制作の合間に急いで末野へ行ってみたところ、なんとお昼には見事な道祖神が完成しておりました。

第二回・末野鹿島人形コンテストの様子

7月第一日曜日 に開催された末野のショウキサマ立てと鹿島流し。今年も鹿島人形コンテストが開催され、大いに盛り上がりました(こちら)今回は鹿島人形と船を燃やさずに、角川武蔵野ミュージアムへ寄贈していただけることに。末野の皆さんによる力作の鹿島人形が鹿島船と一緒にミュージアムに展示されます!

南外民俗資料交流館に展示されている中荒沢のショウキサマ

ミュージアムに展示される道祖神が着々と作られていく中、昨年「ショウキサマのワークショップ」でお世話になった大仙市の狩野さんとお会いする機会がありました。その中でオフレコ情報として角川武蔵野ミュージアムのことを少しお話したところ「どうして大仙市の道祖神を連れて行ってくれないんですか」と。「実はもう予算が…」と事情を話すと、「では、資料館のショウキサマに代表して行っていただきましょう!」というありがたいお言葉が!南外民俗資料交流館に展示されている中荒沢のショウキサマをお借りすることになりました。7月にお迎えに行くと、南外の皆さんが新しい杉の葉で衣替えをして、ショウキサマを資料館から送り出してくれました(こちら

ユニックで運ばれる御返事のカシマサマ

各集落の皆さんによる多大なご協力を得て、どうにか準備が整った人形道祖神。しかし所沢への道はすんなりとは進みませんでした。当初、7月にオープンするはずだった予定が新型コロナの影響を受けて延期に。どうにか、11月のグランドオープンが決まり、搬入が決まったものの、「末野のショウキサマが大きすぎてトラックに入らない」、「集落に大型トラックが入れないので道祖神を積み込みできない」などの難題が次々と。その度に、道祖神を制作をしていただいた皆さんと運送会社の方々に助けられて、7月下旬、無事に所沢へと旅立ちました。

県北と県南の道祖神が並ぶ普段ではありえない夢の競演も実現

今回は秋田県内5市7集落の道祖神が出展されますが、本当はもっとお連れしたい神様がたくさんいらっしゃいました。この展示を通じて、多くの方に「秋田に行って実際の道祖神を巡りたい」と思っていただけたら嬉しいです。

角川武蔵野ミュージアムに秋田の人形道祖神が展示されることについては、10月23日発行(奇しくも私の44回目の誕生日です)の秋田魁新報・ハラカラに掲載されます。そこではこのプロジェクトに対する私と宮原さん、制作された方々の想いを載せております。今回は宮原さんのイラストはもちろんですが、デザインも本当に素晴らしく、できれば紙面で読んでいただきたい内容になっております。

私にとって故郷である秋田県を代表するアートといえば、何といっても人形道祖神に他なりません。約200年前、菅江真澄が数多くの図絵に記した当時から、人形道祖神は今と変わらぬ姿で各地に祀られ、人々を疫病などの災いから守り、「子孫繁栄」、「五穀豊穣」といった祈りを託されてきました。その力強くかつユニークな造形は、世界の原始美術と比べても何ら遜色なく、日本古来の神々の姿を伝える、まさに秋田が誇る文化遺産です。そしてそれが文化財としてではなく「今を生きている」信仰であることに価値があると思っています。

明治維新の際に行われた淫祀邪教廃止、戦争による中断、そうした苦難の時代を乗り越えて人形道祖神は伝えられてきました。そして今、少子高齢化、人口減少、新型コロナという壁にぶつかっております。特に人口減少は集落の根本を揺るがす問題で、この数年間で道祖神を祀るのをやめてしまった所もいくつかあります。

今回制作された道祖神は複製品やレプリカではありません。集落の皆さんが「先祖から受け継いだものを残したい」、「悪疫退散の祈りを全国に届けたい」といった想いを託して、所沢へと送り出した「おらほ(俺方)の神様」です。 『荒俣宏の妖怪伏魔殿』 をご覧になった際には、是非そんな秋田の人々の想いを感じてください。

Writerこの記事を書いた人

投稿者:小松 和彦
郷土史研究 小松 和彦
工芸ギャラリー・小松クラフトスペース店主 『秋田県の遊廓跡を歩く』(カストリ出版)、 『新あきたよもやま』(秋田魁新聞デジタル版) などを執筆。 http://www.komatsucraft.com/ Twitter @Komatsucraft