なにかと慌ただしい新年度。3~4月に行った取材について書かなければと思いながら、気付けばもう5月になっていました。忘れないうちに紹介していきます。
3月は新潟県阿賀町のショウキ祭りに続き、「越境取材」を敢行しました。目的地は青森県上北郡六ヶ所村。ここでは春彼岸の百万遍念仏行事で男女一対の藁人形を村の入口に祀る風習があります。
百万遍については、一昨年の男鹿市百川から重点的に取材を開始し、その成果は昨年、秋田魁新報電子版で「来訪神と境界のマツリ」(全8回)として連載しました。いくつか文献を調べていた中で、かつて男鹿で行われていた「藁人形を村境に祀る百万遍」とよく似た行事が六ヶ所村にあることが分かり、是非一度調査してみたいと思っていました。
3月のはじめ、六ヶ所村立郷土館を通じて問い合わせさせていただいたところ、百万遍は3月17日に出戸集落、23日に平沼集落で行われるとのこと。今回は出戸集落に伺うことになりました。

3月15日に秋田を出発。まずは青森県を代表する人形道祖神・十和田市板ノ沢のカヤニンギョウを見に行きました。高さ3メートルを超える男女一対の人形です。足元にあるたくさんの小さな人形はかつては家ごとに女性が一対で作り、現在は子供会やその父兄で作るそう。市史によると出産の無事を祈るためだとか。秋田県南内陸部の「大きなカシマサマと小さなカシマサマ」を彷彿とさせます。
十和田周辺ではこうした大人形を祭る集落がいくつかあったそうですが、現在では板ノ沢だけになりました。いずれこちらの人形立ても取材してみたいです。

3月16日、六ヶ所村の出戸集落へ向かいました。ここでは百万遍の前日に藁人形作りが行われます。場所は集落の墓地の一画にある「寺」と呼ばれる建物。中は位牌堂になっており、男鹿半島でよく見られる「十王堂」と似ています。

午前9時から「寺の会」の女性たちによって藁人形作りが始まりました。集落の2か所の入口に祀るので、男女のペアを2組とそれを結わえるトシナ(注連縄)を作ります。
出戸の皆さんは人形のことを「ジンジョ」、「ジンジョさん」と呼びます。「ジンジョ」とは南部地方の言葉では人形、または地蔵のことを意味します。秋田で藁人形のジンジョといえば、何と言っても大館市の山田のジンジョサマが挙げられますが、男鹿市の百万遍の藁人形にもジンジョと呼ばれていた事例があり、何かしら関連があると思われます。

人形作りは30分ほどで終了。頭の先が1本になっているのが男、2本が女。大きさは40センチほど。今までに見てきた村境に祀られる人形の中で断トツにシンプルですが、「これがジンジョサマのルーツなのでは」と思わせる造形です。

3月17日、いよいよ百万遍当日です。午前9時、「寺の会」の女性たちは鉦を叩きながら数珠を持って寺を出発。まずは村社の天照皇大神宮へ。ここで御神酒を上げてから、「念仏まわり」がスタートします。
出戸ではこの行事を「四方止(しほうどめ)」と呼びます。つまり「四方から村に入ってくる悪災を防ぐ」という意味があるとのこと。集落の境界と辻々で数珠回しを行います。その様子を動画でご覧ください♪
これまで私が秋田県各地で見てきた念仏とは節回しが異なります。能代市鶴形の百万遍がトランスだとしたら、出戸はブルース。ぜひ聴き比べてください。

百万遍に参加しているのは60~80代の女性7名ですが、世話役として男性が一人、下田登さんが参加しております。集落の北と南の入口に「ジンジョ」を設置するのは下田さんの役割です。

寺の会の皆さんが前日に作った男女の藁人形とトシナの他、下田さんが用意した2本の刀、そして草鞋を1足(左右一組)集落の入口近くにある木に結いつけます。かつては草鞋も手作りしていましたが、現在は既製品を使っているとのこと。北側の入口も同様に設置しますが、そちらは草鞋は1足+片方の合計3枚。どうしてなのかと聞くと、「道を歩いている間に、草鞋の紐が切れた場合のため」とのこと。集落を南北に貫く道は、かつて恐山へ向かう巡礼者がよく歩いて通ったそう。この行事は恐山信仰との関連もありそうです。
集落の10カ所で数珠回しを行った後、約1時間半ほどで今年の「四方止」は終了。「寺の会」のご一行は寺へと戻り、団らんタイムとなりました。私も二日間の密着取材を終えて、秋田に戻ることに。快く取材を受け入れてくださった出戸の皆様、本当にありがとうございました!
この集落では出戸神楽と呼ばれる獅子舞が伝えられています。正月から3日間、各家々を巡り、村境でも獅子舞によって「四方止」をするそう。男鹿での取材で聞いた「男はなまはげ、女は百万遍」が、出戸では「男は獅子舞、女は百万遍」になっていました。男鹿の真山、下北の恐山という霊山の存在も含めて、男鹿と六ヶ所村の民俗行事を改めて比較検討してみたいと思っています。

今回の取材では六ヶ所村立郷土館の皆様に大変お世話になりました。こちらの博物館の目玉はなんと言っても縄文時代の遺物です。草創期から続縄文時代にかけて、一万年以上縄文人の営みがあった六ヶ所村。出土品はもちろんですが、展示方法も素晴らしい。縄文ファンの方は必見です。

3月は青森県平川市平田森でも「ボーノ神送り」という男女一対の藁人形を立てる行事が行われております。秋田に帰る途中、お話だけでも思いと伺ったら、なんとこの日が祭日。ちょうど「ボーノ神」が周っている真っ最中でした。早速、集落の方に取材したい旨を伝えると、「もしかして秋田人形道祖神プロジェクトの方ですか?」と聞かれました。なんと、藁人形のことを調べている中で、このウェブサイトや私たちの書籍をご覧になっていただいていたそうです。ありがたいご縁に心から感謝です。
ボーノ神送りでは、高さ70センチ程の男女一対の藁人形が4組、集落を巡行しながら4箇所の入口に設置されます。かつてはボーノ神が周ってくると各家でシトギを奉納し、その半分にお酒をかけて返すという風習があったそう。シトギを用いて神人共食することや人形の作り方などに大館の人形道祖神と共通する点があります。青森県の藁人形の行事は今後も探求する必要があることを実感した今回の取材でした。