Blog

【後編】母から娘へ 伝統をつなぐ ~横手市田ノ植のカシマ行事

投稿者:宮原 葉月 投稿者:宮原 葉月 宮原 葉月

 後編では、柴田 香織さんのご息女・桜子さんが昨年、横手市で毎年開催される「社会科研究発表会」で発表された「“カシマサマ”ってなんだろう?~鹿嶋様の研究~」についてご紹介します。桜子さんは現在小学5年生ですが、発表時は4年生でした。

【前編】:田ノ植のこと・秋田の近代史に寄り道
【中編】:カシマ行事と柴田さんの家族史
【後編】:社会科研究発表のこと、母から娘へ伝統をつなぐ ← 今回

▼目次
・社会科研究発表会について
・桜子さん、長老にインタビューする
・いよいよ、発表!
・発表の反応
・桜子さんの涙
・母から娘へ、伝統をつなぐ
・おわりに

社会科研究発表会について

 桜子さんが参加した「社会科研究発表会」とは一体どのようなものなのか、横手市教育委員会のTさんにお話を伺いました。

 「社会科の先生方が任意で運営している研究会が毎年開催している発表会です。子ども達が世の中に関心を持ち、物事を調べたり、問題の解決を考えていけるようになることが目的です」

 「各小学校の社会科の先生が、夏休みに研究してきた子ども達に発表してみないかと声をかけ、手を挙げた子と一緒に発表の練習をしたり、必要に応じて発表用の資料を整えていきます」

 「テーマは多岐にわたります。毎年9月に浅舞公民館(秋田県横手市平鹿町)で各学年ごとに(※)部屋を分けて発表会を行います」とのことでした。
※人数が少ない場合は複数の学年と一緒に行うことも

 2022年度は全学年で30名の小学生が参加され、桜子さんの小学4年生の部は出場者が10名と最多となりました。

 発表会を見に行かれた柴田さんによると、「子どもたちは夏休みにそれぞれ取り組んだ研究を図やグラフにわかりやすくまとめて発表していました。『秋田での洋上発電』や『世界の水事情』、『他県の神社巡り』などテーマもさまざま」「発表会に出たいと希望すると、先生から指導やアドバイスをしてもらえるんですよ」とのこと。

 「桜子さんが発表するのは今回が初めてですか?」
 「いいえ、家で飼っているアマガエルを研究し、社会科とはまた別の『理科研究発表会』で2回発表したことがあります。カエルのジャンプの距離を測ったり、カエルの1年の暮らしを観察しました」と柴田さん。
 「実は今回、娘はアマガエルの発表(理科)とカシマ行事(社会科)の2つを発表しました。先生から体力的に2つは無理だよと言われましたが、宿題をやるより発表用の資料をつくる方が楽しいって。宿題のドリルをさっと片付け、発表の準備に入りました」

桜子さん、長老にインタビューする

 「昔ながらの作り方を知っている祖父母世代の方にお話を伺おう」と考えた柴田さんは、おばあさまの知り合いである千葉 榮幸さん(80代)に会いに行きました。千葉さんは集落の中で、カシマ行事について一番詳しい方なのだそう。 千葉さんへのインタビュー中、桜子さんはとても「緊張しい」のため千葉さんのお顔をなかなかみれなかったそうですが、一生懸命お話を聞きました。「はじめてのインタビューは楽しみだったけどきんちょうしてしまいました。お話を聞きながらメモを取るのがむずかしかったです。もっと練習して上手になりたいです(桜子さんの発表資料より)」
 千葉さんはそんな桜子さんをみて「めんこいなあ、俺の孫みたい」と和まれたとか。

 桜子さんがヒヤリングした千葉さんの言葉には
「かしま作りは大変に手間のかかること。大変だけれども受け継がれてきたことだから、我々は大切にしてきた。いつ死ぬかわからないが、来年生きていたら教えるからな」
とあります。千葉さんから桜子さんへ、カシマ行事の伝統が受け継がれていく様子が伝わってきます。

いよいよ、発表!

 2022年9月、ついに発表会を迎えました。桜子さんの発表時間はおよそ5分間。途中背後に貼られた模造紙が剝がれかけましたが、桜子さんは落ち着いてお話を続けます。

 発表の冒頭では、研究のきっかけについて説明しました。「お母さんやおばあちゃんもお参りにいっていたんですが、コロナの影響などで集まりが少なくなったり、カシマサマを作る人が減ってさみしくなったと聞き、みんなに興味を持ってもらえるために調べることにしました」

「“カシマサマ”ってなんだろう?~鹿嶋様の研究~」の発表資料
 カシマサマが作られる過程を写真でわかりやすく紹介されています。また桜子さんが生まれてから10年におよぶカシマサマとの関係を整理し発表。長老の千葉さんにインタビューした内容や、なんとANPのこともご紹介していただきましたよ。

 最後に、「地域の伝統行事を続けていく為には、1人1人のカシマサマを大切に思う気持ちと、先輩に教えてもらう機会が大事です。そして私たちの方から思いを受け取ること、さらに次の人にも好きになってもらえるように伝えていくことが大事だと思いました」と締めくくられました。
 「次の人にも好きになってもらいたい」という言葉に、人形道祖神の魅力にハマった自分もまさにこの思いで活動していたので、心に強く響きました。

発表の反応


 桜子さんの発表後、意見交換が行われました。

「私も地元のカシマサマの作り方を教わったことがある。田ノ植の作り方は参考になった(他の発表者)」

「カシマサマは人形のような存在だと思ったが、これから大事にしたいと思う(田ノ植在住の同級生)」

また社会科の先生から
「『みんなにカシマサマのことを知ってもらいたい』と目的をしっかり持っていることに感心しました。そしてインターネットや写真集など文献資料のみの調査になりがちですが、地元の方へのインタビューはとてもよい調べ方だと思います。また、昔からのカシマサマの変化を追っていく方法は、社会科ではとても大切です」と講評がありました。
※上記は柴田さんに様子をお聞きしたり、発表の動画を参考にさせていただきました


桜子さんの涙


 発表は好感触を得、「カシマサマの輪」が確実に広がったことを感じます。
 しかしながら、目指していた最優秀賞や優秀賞を取ることはかないませんでした。発表会の内容はとてもハイレベルだったようです。「娘は賞を取りたかったので悔しくて泣きました。先生方には発表のためにさまざまなことに挑戦した過程が大事なんだよ、と慰めてもらったのですが…」「結果ばかりをみていたら、苦しくなってしまいますよね」と親としての苦悩を語ってくださった柴田さん。

 また「がんばって調べたのになぜ賞が取れないのか」と涙を流しながら尋ねる桜子さんに対して、「賞をとても気にしているのですが、そこにこだわってしまうときっと苦しくなり、『好き』という気持ちがなくなってしまう気がします」という柴田さんの言葉に、私もどうしたものかと思案に暮れました。どうにもならない悔しさは痛いほどわかりますし、同時に「好き」な気持ちは大事ですし・・・

 「桜子さんはどうしたら立ち直ってくれるのだろう」と心配になりましたが、その後柴田さんから連絡があり「あれから娘は気持ちを切り替えたようです。『来年は研究だけして発表会に行くのはもうやめようか?』と娘に聞くと、『なんで?』と聞き返されてしまいました」とのこと。

 「桜子さんはなんてしなやかで強いのだろう」ととても驚きました。もし私が桜子さんの立場だったら、辛くて研究をやめてしまうかもしれません。

 また母である柴田さんがハラハラされながらも、桜子さんを温かく見守る様子が大変印象的でした。

 余談ですが、この後桜子さんが描いた読書感想画が評価され全国大会へ出場されたり、読書感想文が横手市主催のコンクールで最優秀賞を受賞するなど大活躍をされたそうです。嬉しいニュースに心がほっこりしました。


母から娘へ、伝統をつなぐ


 秋田と大阪間を何十通もやりとりさせていただいた往復電子書簡や、2時間近くの電話インタビューの中で、柴田さんはカシマ行事に対する思いを丁寧に伝えてくださいました。その中で個人的にとても印象的であった言葉をご紹介します。

 「私が『研究発表でカシマをやってみない?』と娘を引き込みました」と柴田さん。

 「娘はカシマ行事の『今』しか知りません。奉納する鹿島人形が2体というのが、実は寂しいこというのがわからないのです。昔はこうではなかったよと知ってほしい。このままではいけないと思って」

 「行事が縮小されても、2019年は大きいカシマサマの刀を娘に持たせてもらったり、鹿島人形の顔や文字を書かせて奉納し、健康を願うんだよ、カシマサマは守ってくれるんだよ、と教えたりしました」

 また「発表してみて、桜子さんはカシマ行事に関して何か変わりましたか?」と柴田さんに尋ねました。
 「そうですね、神様だとはわかっていたと思うけれど、強い気持ちはなかったと思います。発表してから、愛着が湧き、より身近になったと思います」

 私はこれまで足掛け6年の人形道祖神の取材を行っていますが、「母」である柴田さんから「娘」の桜子さんへ、伝統をつなぐ過程をここまで具体的に教わったのは初めてでしたので、おかげさまで行事を継承していくための大切なヒントをたくさんいただくことができました。


 柴田さんがお祖父様お祖母様、ご両親から受け継いだ行事の記憶が、今度はご息女の桜子さんへ受け継がれていく・・・このような「親から子へつなぐ」流れが幾層にも重なっていくことで、人形道祖神の文化が何世代にもわたって継承されてきたのだなあ、と改めて感じました。
 一方で新興住宅地で生まれ育った私には、田ノ植のカシマ行事のように両親や祖父母、ご先祖様の記憶を受け取り、次の世代へつないでいく方法がありません。柴田さん達の活動をとても羨ましく思いました。

おわりに

 冬になると毎年柴田さんとお父さまが家の前で雪の彫刻を作られます。お父様が雪でおおよその形を作り、柴田さんがトトロやネコバスを精緻に作り上げていくそう。写真は桜子さんやいとこのみなさん。
 柴田さんはものづくりがお好きで、アクセサリー作家でいらっしゃいます。作品は@39la.sakura(instagram)でご覧いただけます。


 柴田さんに「田ノ植の人口が増えていると聞いたことがありますが、実際どうなのでしょう」と伺ってみました。
「そうだとすれば、小中高の学校が割と近いので子どもたちが通いやすいのかもしれません。(※)」
※秋田では少子化のため廃校が相次ぎ、遠くの学校へ通うケースが増えている

「田ノ植では赤ちゃんを連れていると、おばあさん世代がどんどん声を掛けてくれる。とてもあたたかい場所です」

「自然が豊かで鳥海山がきれいに見えます」

など田ノ植の魅力を次々教えてくださいました。

 取材ではいつも、人形道祖神という存在がその土地の魅力を引き出し私たちに伝えてくれます。田ノ植の魅力はまだまだ尽きず、これからもぜひ取材させていただきたいと思います。

 柴田 香織さん、桜子さん、この度は貴重な機会を誠にありがとうございました!


【前編】:田ノ植のこと・秋田の近代史に寄り道
【中編】:カシマ行事と柴田さんの家族史
【後編】:社会科研究発表のこと、母から娘へ伝統をつなぐ ← 今回

Writerこの記事を書いた人

投稿者:宮原 葉月
イラストレーター 宮原 葉月
広告・書籍・雑誌でイラストを描く。 「LOWELL Things」(ABAHOUSE)とのコラボバッグ、 シリーズ累計49万部「服を買うなら捨てなさい」(宝島社) 装画等を担当。 http://hacco.hacca.jp Twitter @hatsukimiyahara