今年のテーマは秋田県外の人形道祖神や人形送りの行事をリサーチすることです。6月は多賀糸尊さんと山形県最上郡舟形町の「病送り(ヤンマイオクリ)」に伺いました。
舟形の「病送り」は疫病をはじめ、様々な厄を背負わせた藁人形を送る行事。舟形町内の数か所の集落に伝えられており、今回取材した長沢集落では6月初旬の土曜日、「サナブリ休みの前日」に行われています。舟形町生涯学習センターの高橋勤さんにご案内いただきながら見学しました。

6月8日のお昼過ぎに長沢集落に到着。集落の西側、地蔵堂の前では男性たちが藁で何やら小さな人形を作っています。

制作していたのは30センチ前後の「藁人形」と「藁つと」。小人形は各家々の入口に年間を通じて常設されるもの。藁つとは、夕方、大人形を送る(燃やす)際に、持たせる餅などが入るもの。秋田の「鹿島流し」の鹿島人形とは似ているような、似ていないような・・・。

この日作り替えられる小人形は、各家の門口に立っております。長沢は1~3区に分かれており、1区ではこれを設置しません。この人形を作った後に、いよいよ大きな藁人形を作ります。大人形は男女一対で、男(オス)を1区、女(メス)を2、3区の皆さんが担当します。大人形は夕方村を巡行した後、小国川のほとりで燃やされるとのこと。送られる「大人形」と常設される「小人形」という組み合わせは、秋田の人形行事とは逆転しています。

大人形の制作は午後4時過ぎに始まりました。まず、麻袋に藁くずなどを入れ、丸く束ねて作った頭、荒く編んだ両腕を付け、さらにサンダワラを二つ折りにして女性器を付けます。人形の指の数は3本と6本。足はありません。性器の周りに杉の葉を刺し、頭部に紙に書いた顔を貼着。30分もかからないうちに「メス」が完成しました。あらゆる厄を背負った異形の人形です。

1区では小国川のほとりで「オス」を制作していました。こちらもできる限り異形に作られます。指は3本と4本。シンボルもできるだけカッコ悪く・・・。さらに木の枝で粗末な刀を二本腰に差します。大人形の顔は神社の神官さんの筆によるもの。その表情からは狂気さえ伝わってきます。

完成したオスはリヤカーに乗せられ、1区の中心部にある辻に設置されます。住民の方々はオスの前に置かれた米袋に藁つとに入った餅やお菓子を奉納しに来ますが、手を合わせる人はほとんどいません。この行事の藁人形は信仰の対象というよりは、形代としての性格が強いようです。
午後6時、子供たちと太鼓を持った青年団の皆さんがメスを迎えに行くために3区の方へ向かって歩き始めました。メスの前に到着すると、なんと竹竿で「串刺し」!「ここまでやるのか」と驚きましたが、「疫病を撃退する」という皆さんの願いが伝わってきます。

串刺しにされたメスを子供たちが担いで、集落を練り歩きます。沿道の家からは送り火を焚いて、一行を見送る人たちの姿が。これは「病が入ってこないように」、「悪いものをみんな人形に持って行ってもらえるように」というまじないなのだとか。

メスがオスのところへ来ると、2体は向かい合ってリヤカーに乗せられます。子供たちに曳かれて村境まで行くと、そこでUターンして小国川の河原へ。「最上地方の病送りについて」(大友義助、『東北民俗11』、昭和52年)によると「昔は柳の枝にしばりつけて引きずり回した」のだとか。さながら「市中引き回しの刑」のようです。

男女の大人形は昨年作った小人形と藁つとに入ったお供え物が入った米袋と一緒に燃やされます。かつては村境の堰に投げ入れたそう(前掲書より)。ここでも秋田の人形祭りや鹿島流しのように手を合わせたり、お酒を奉納したりすることは一切ありません。もちろん直会も無し。病送りは徹底して「厄を送り出す」行事なのです。
この行事はコロナ禍の時も中断することがなかったとのこと。「何と言っても病気の祭りですから」と高橋さん。パンデミックによって、改めて「悪疫退散」の願いが託されるようになったのは、秋田の人形道祖神も同様です。
これまで見てきた人形立てや人形送りの藁人形は、「大切に祭ると恩恵を得られるが、粗末にすると祟られる」という両義的な性格を帯びていたので、終始「忌むべき存在」として送り出されるオスとメスの姿は衝撃的でした。もしかするとこれらの人形は疫病や災いだけでなく、人々の苦悩までもかき集めて、それらを分かりやすく可視化するために作った装置なのかもしれません。藁人形というものの性格を考えさせられると同時に、人形送り行事の多様性を強く感じた取材でした。
「病送り」では自分の中で描いてきた常識が覆されるような感動を覚えました。高橋さんをはじめ、快く取材に応じていただいた長沢の皆様、そして繋いでいただいた佐々木様、本当にありがとうございました。
ここからはお知らせです。
7/27、青森市でスライドトークイベントを開催します

『村を守る不思議な神様~人形道祖神のひみつ』
2024年7/27(土)14:30~17:00
会 場:cafe&gallery ペーパームーン 青森市安田近野138-28
出演:小松和彦(秋田人形道祖神プロジェクト)
電話:090-6855-7345
料金:2000円(コーヒー付)
要予約(お電話にてお申し込みください)
青森市での初めてのトークイベントです。今年取材した青森県内の人形立て行事についてもお話しいたします。お近くの方は是非、ご参加ください。