Blog

「宮城に生きる民俗」を道祖神ファミリーで巡る

投稿者:小松 和彦 投稿者:小松 和彦 小松 和彦

令和7年(2025年)も残り1カ月を切った今月、年内にどうしても見ておきたいと思っていた企画展に足を運びました。それは、宮城県内7カ所の博物館で同時開催されている「宮城に生きる民俗」です。

本展は、宮城県内の民俗担当職員による協議会「宮城民俗コモンズ」の活動の一環として実施されています。「コモンズ」は昨年、博物館や自治体の垣根を越えて宮城県内の民具を守り、発信することを目的に組織されました。現在、ウェブ上で公開されているデジタルアーカイブ「宮城の民具」には、1000点以上の民具が高精度な画像で掲載されています。

ちょうどこの展示を見に行こうと考えていた矢先、人形道祖神の名付け親であり、現在は日本民具学会会長を務める神野善治先生から、12月13、14の両日にこの企画展を巡るというお話を伺い、ご一緒させていただくことになりました。神野先生の娘さんで、現在は岩手大学人文社会科学部准教授の神野知恵先生も加わり、“道祖神ファミリー”による「コモンズツアー」の始まりです。

12月13日、1カ所目の大崎市図書館で神野先生、知恵先生と合流しました。同館では関連展示として、宮城県と岩手県の一部に分布する「カマガミ」が紹介されていました。カマガミとは「火伏せ」や「家内安全」を願い、家のかまど近くに祀る神様です。旧仙台藩領ではこれをお面の形態で祀る風習があり、家を新築した際に大工さんや左官屋さんなどが制作します。

続いて訪れたのは、大崎市の松山歴史ふるさと館です。ここでは「大崎、松山のカマガミ」をテーマにした展示が開催されていました。あいにく館内は撮影禁止でしたが、多種多様なカマガミが並ぶ様子は圧巻の一言。松山が瓦の産地であったことに由来する瓦製をはじめ、木製、セメント製、さらには木柱に土を巻き付けて造られたものまで、そのバリエーションの豊かさから、地域に根付いた信仰の形をうかがい知ることができました。

この博物館には松山が生んだ昭和の大歌手・フランク永井さんの展示室が併設されています。実は私はフランク永井さんの歌が好きで、「東京ナイトクラブ」や「有楽町で逢いましょう」をスナックでの十八番にするほどなのですが、まさか彼がこの町の出身だったとは露知らず、思わぬ場所での「再会」に驚きを隠せませんでした。

「ふるさと館」に隣接する「老人福祉センター」では、彫刻家・千葉照男さんによるカマガミ制作ワークショップ「伊達(いき)な木彫り塾」が開催されていました。大崎市出身の千葉さんは、自身の制作活動のかたわら、長年カマガミの制作と普及に尽力されています。参加者の中には、今回で13作目という常連の方もいらっしゃいました。「民俗文化の継承」という観点からも、このワークショップは非常に意義深い取り組みだと思いました。

カマガミの面は、大きさや表情などに秋田県内の人形道祖神の面と似た特徴を持っています。また、目をアワビの殻で表現する手法は、かつて八峰町大信田に祀られていたショウキサマの目にも見られた細工です。さらに旧藩領に分布が集中している点でも共通しています。

かつては風邪が流行した際にカマガミを外して戸口に掛けたり、田植えや稲刈りの後に供え物を捧げたりする習慣もあったそうです。現在、宮城県内に人形道祖神を祀る集落はありませんが、各家の守り神であるカマガミが、かつてはそれらと同じような役割を担っていたのかもしれません。

続いては、今回の7館同時開催の中でも中核をなす企画展「暮らしを伝えるモノ語り」が開催されている、多賀城市の東北歴史博物館へ。ここでは「コモンズ」立ち上げの中心メンバーであり、本展を担当された同館研究員の今井雅之さんに解説をいただきながら鑑賞しました。

展示は、海、山、平野それぞれの生業にまつわる民具から、信仰の道具、人の一生に寄り添う品々まで、テーマ別に構成されています。神野先生と今井さんの会話は、隣で聞いているだけでまさに「民具の授業」を受けているようで、非常に学びの多い時間となりました。

展示後半には、宮城県内35市町村が所蔵する民具が一堂に公開されています。その中で、遊廓研究家である私の目を引いたのが、若柳町(現・栗原市)にあったカフェー「パリー」の屋号が記された岡持(おかもち)です。お酒の提供を主とするカフェーが出前を行っていたという事実は、地方遊里ならではの興味深い光景です。拙著『秋田県の遊廓跡を歩く』(カストリ出版)では、洋食を提供していた妓楼を紹介しましたが、この「パリー」では一体どのようなメニューを届けていたのでしょうか。

企画展にかなりの時間を割いたため、常設展を回る時間はなくなってしまいましたが、神野先生が監修に関わられた「村におけるワラの神々」のコーナーだけは拝見しました。ここは、東北各地の人形道祖神や人形送り行事の藁人形、そして来訪神などが一堂に会する圧巻の展示室です『村を守る不思議な神様・永久保存版』(KADOKAWA)に登場する藤巻のヤクジンサマ石名坂のアマノハギをはじめ、秋田県の資料も数多く展示されており、2年前に初めて訪れた際、「これほどの展示が秋田にあれば……」と悔しい思いをしたことを鮮明に覚えています。今年4月に取材した福島県田村市の「オニンギョウサマ」のレプリカを背景に、神野先生親子と一緒に記念写真を撮影しました。

東北歴史博物館を出て、一気に仙南(宮城県南部)へと向かいます。この日最後の目的地は、柴田町にある「しばたの郷土館」です。

ここでは「仙南のくらしと道具」と題し、旧「刈田民俗資料館」から引き継がれた民具を展示しています。刈田民俗資料館は、阿子島(あこじま)雄二氏が1971年に白石市で開館した私設博物館で、8年間の運営を経て、そのコレクションが柴田町へと譲渡されました。阿子島氏は資料館を始めるまで呉服店を経営していたとのこと。呉服屋の3代目である私にとって、その経歴は決して他人事とは思えない親近感を覚えます。展示はカマガミをはじめ、養蚕関連の資料や白石温麺(うーめん)の製造道具、土人形など多岐にわたります。神野先生は気になった民具を一つひとつ計測し、熱心にメモを取るなど、完全に調査モードに入られていました。

仙南のホテルで一泊した翌朝、外はあいにくの雪模様でした。そんな中、山形市から東北芸術工科大学3年生の多賀糸尊さんが急遽駆けつけて合流し、いよいよ二日目の行程がスタートしました。

この日最初の目的地は、村田町歴史みらい館で開催中の特別展「フィギュアの文化史」です。こちらは「宮城に生きる民俗」の関連企画ではありませんが、人形研究家としてはどうしても見ておきたい展示でした。会場では、東北大学が所蔵する樺太アイヌの貴重な資料、そして縄文時代の土偶がひときわ目を引きました。

次の目的地である名取市歴史民俗資料館へ向かう道中、多賀糸さんが「今、道端に『道祖神』と彫られた石碑がありました!」と言われたので、急ぎ車を引き返しました。そこにあったのは、「道祖神路」の文字が刻まれた道標です。安政3年(1856年)に建立されたもので、神野先生によれば、この近くに「道祖神社」が鎮座しているとのこと。これこそ「道祖神の招きに違いない」と、私たちはその神社を訪ねてみることにしました。

「道祖神路」の道標から車で5分ほど。小高い山の中腹に「道祖神社」が鎮座していました。道祖神を祀る社といえば、こぢんまりとした祠のような佇まいを想像していましたが、眼前に現れたのはそれとは正反対の、立派で風格のある構え。その堂々たる姿に驚きを隠せませんでした。祭神は猿田彦(サルタヒコ)と天鈿女命(アメノウズメ)。鳥居に掲げられた扁額には「正一位道祖神」の文字が刻まれていました。これほどまでに高い神格を誇る道祖神に参拝するのは初めてです。

まさに“道祖神ファミリー”の到来を待っていてくださったかのような、不思議なご縁を感じさせられました。

続いて訪ねた名取市歴史民俗資料館では、「自治体史と暮らしの記憶」というテーマのもと、宮本常一先生も関わられた「川崎町史」の編纂に関する貴重な資料が展示されていました。ここで、同行した4人で記念撮影。

次はいよいよ一路、石巻市へ。石巻市博物館で開催中の「宮城の漁業」では、石巻地域を中心とした多種多様な漁労道具の数々を鑑賞しました。

そして旅の締めくくりは再び多賀城市へ。多賀城埋蔵文化財センターで開催されている「多賀城海軍工廠と地域の変化」を拝見し、これにて「宮城に生きる民俗」の全企画展を完全制覇しました。

展示を観終えた後、多賀糸さんが「隣の多賀城史遊館でも民俗関連の展示がありますよ」と教えてくれたので、そちらにも足を運ぶことに。結果として、二日間で合計9つもの博物館を巡り切ることができました。最後は仙台駅まで皆さんをお送りし、今回のツアーは無事お開きとなりました。

今回は、移動中の車内でも博物館での鑑賞中も、神野先生と知恵先生から貴重なお話を伺うことができ、非常に実り多い二日間の旅となりました。旅を通じて、改めて「宮城民俗コモンズ」の活動に深く共感いたしました。特に、企画展に留まらずウェブ上に民具のアーカイブを構築するという試みには、大きな刺激を受けました。秋田県内においても人形道祖神を網羅したアーカイブやコモンズのようなネットワークが必要なのではないか……そんな思いを新たにした次第です。

Writerこの記事を書いた人

投稿者:小松 和彦
郷土史研究 小松 和彦
工芸ギャラリー・小松クラフトスペース店主 『秋田県の遊廓跡を歩く』(カストリ出版)、 『新あきたよもやま』(秋田魁新聞デジタル版) などを執筆。 http://www.komatsucraft.com/ Twitter @Komatsucraft