遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。 年末から秋田では雪が降り続き、例年以上に寒さが身にしみる冬となりました。改めて、ここは北国なのだと実感しております。
そんな中、大晦日は男鹿のナマハゲを、そして1月3日には隣県の山形に赴き、庄内町清川の塞の神行事と遊佐町女鹿のアマハゲを取材しました。その様子をダイジェストでご紹介いたします。
ご存じの通り、秋田県男鹿市は来訪神行事・ナマハゲの本場。現在でも70以上の集落で大晦日に催されています。昨年は脇本大倉集落を訪ねましたが、今年は鵜木集落にお邪魔しました。鵜木には2023年に百万遍行事の取材で伺っており、その成果は秋田魁新報電子版「来訪神と境界のマツリ(6)」として発表しております。その際、「鵜木では昔からナマハゲは男、百万遍は女と決まっている」という興味深いお話を伺い、いつかこちらのナマハゲも取材しなければと思っておりました。今回は念願かなっての再訪です。

午後5時過ぎ、鵜木に到着。集合場所は「百万遍行事」でも使われる集会所です。会場では、すでに「鵜木なまはげ会」の皆さんが準備を進めていました。
かつて鵜木のナマハゲは青年会が中心となって行われ、その後「親子会」へと引き継がれましたが、児童数の減少により一時は存続の危機に。そこで三浦公生さんたちが中心となり、10数年前に「なまはげ会」を設立しました。鵜木では百万遍行事も同様に、老人クラブから「桜会」へと中心組織が移行しながら今に至っています。形を変えながらも次世代へ繋ごうとする、鵜木の皆さんの伝統行事への想いが伝わってきます。

神社での参拝後、6匹のナマハゲは「オヤゲ」と敬称される大渕家へ。男鹿地方で有力者の家を指すこの言葉は、鵜木では代々肝煎を務めてきた大渕家を指してきました。家主の温かなもてなしを受けた一行は、その後3匹ずつ上・下の二手に分かれ、夜の集落へと繰り出しました。
今年のナマハゲには、地元の「なまはげ会」の方々に混じり、県外や海外からの参加者の姿もありました。数年前から男鹿DMOを介して受け入れを始めて以来、国際色豊かな顔ぶれが定着しているといいます。時にはメディアの取材を受け、時には各地へ実演に赴く。「鵜木なまはげ会」はナマハゲを外の世界へ発信していく役割も担っています。

1時間半ほどかけて集落の各家々を巡った後、ナマハゲたちは村の神社へと戻りました。そこで身に纏っていたケラを脱ぎ、神社の鳥居に巻き付けます。このケラは、4月に行われる神社の例大祭までそのままにしておくとのこと。一年の取材を締めくくるに相応しい、人形立て行事と来訪神行事のイメージが交錯する象徴的な瞬間でした。
年が明けた1月3日、山形県にて「塞の神行事」と「来訪神行事」のダブル取材を行いました。山形県の庄内地方では、小正月に塞の神の人形が家々を勧進する行事が伝えられています。これらは神野善治氏の著書『人形道祖神ー境界神の原像』(白水社)において、「人形道祖神の第2類型」として分類されています。かつては秋田県内でも、『村を守る不思議な神様2』や秋田魁新報電子版「サイノカミとナゴメハギ」で紹介した能代市荷八田をはじめ、各地に分布していましたが、残念ながら現在は見られなくなりました。しかし、にかほ市上郷の塞ノ神行事では、人形こそ用いないものの、ご神体を携えた子どもたちが家々を訪問するという、勧進の形態が今も残っています。
今回訪れた最上川沿いの庄内町清川では、10の町内に計10体の「塞の神(セーノ神とも)」が祀られています。その内訳は、本町に2体、幸町・駅前の2町内で1体、その他の7町内に各1体。かつては小正月の1月15日に行われていた「塞の神祭り」ですが、現在は1月3日に実施されています。この祭りでは、塞の神の霊力を宿した「デクサマ(木偶様)」を町内の大人や子どもたちが携え、唄いながら一軒一軒を勧進して回ります。
しかし、近年は少子化の影響を受け、実際に勧進を行う町内は減少しています。今年実施したのは、本町と川端の2町内のみとなりました。今回、私はそのうち川端の勧進に密着させていただくことになりました。

午前9時、川端の集会所から、デクサマや木剣を手にしたご一行が姿を現しました。この日、勧進に参加した子どもは7名。16軒を数える川端町内を、上(かみ)から順に一軒一軒訪ねていきます。

各家の前では、「ごーざったー、ごーざったー」から始まる塞の神の「唱えごと」を唄いながら、人形や剣を前後左右に振ります。唄が終わると各家からご祝儀をいただきますが、かつては餅も授かる習わしだったといいます。

町内の家々を一巡した後は、清川の中心に鎮座する道祖神の「石祠(いしぼこら)」へと向かいます。ここでは「朝鳥追(あさとりおい)の唄」に合わせ、再び人形を振ります。現在、勧進は休止していても、この場所へデクサマを持参して唄を奉納する形式を続けている町内もあるようです。

一時間ほどの勧進を終え、一行は集会所へと戻りました。 川端の塞の神は、五月人形の「鍾馗様」によく似た容貌をしていますが、町内の方々は「猿田彦」の名で呼んでいます。その周囲には男根を象った木彫りや石棒などが共に祀られており、まさに塞の神の祭壇らしい佇まいを見せています。

川端の「デクサマ」は計13体。本体は頭部と十字型の骨組みで構成されており、そこに藁などで肉付けをしたあと、子ども用の衣装を着せます。この着せ替え作業は、行事の前日に行われるそうです。顔の表情は、人形芝居を思わせる写実的なものから、木の瘤の形状を活かした「ウメボシ」と呼ばれる独特の造形まで多岐にわたります。全体として、赤い顔をした個体が目立つのも特徴的です。

勧進を終えた集会所では、直会が行われました。そこで振る舞われたのはお雑煮です。かつては家々から奉納された餅を集めて煮ていたそうですが、現在はあらかじめ用意したものを用います。まさに塞の神の行事食であり、町内を歩いて冷え切った体が芯から温まりました。
こうした祭りの差配を担うのは「当番宿」の役割で、毎年2軒の家が担当しています。直会の場では、翌年の宿へと役目を引き継ぐ「トワタシ」の儀式が行われることもあるそうです。10もの各町内にそれぞれ塞の神を祀り、町内ごとに祭りを実施する形態や、「トワタシ」を行う点などは、大館市山田のジンジョ祭りとも共通点が見て取れます。また、かつて祭りを中断した際に疫病が流行し、それを受けて行事を再開したという伝承が残っていますが、これも人形道祖神を祀る集落ではしばしば語られるエピソードです。塞の神が疫病などの厄災から村を守る神であるという意識が、人々の間に深く根付いていることを物語っています。
この行事の興味深い点はまだまだ尽きませんが、いずれ再取材を重ねた上で、改めて詳しくご紹介したいと思います。当日の様子は山形新聞さんのウェブサイトでも動画付きで掲載されておりますので、こちらも是非ご覧下さい。
そして同日の夕方からは、遊佐町女鹿に伝わる来訪神行事「アマハゲ」を取材しました。現在、遊佐町では海岸沿いの三集落(滝ノ浦、女鹿、鳥崎)でアマハゲが行われていますが、この日実施されていたのは、秋田県境に位置する女鹿集落。
午後3時過ぎ、集落の神社ではアマハゲに扮する男性たちが、「ケンダン」と呼ばれる藁のケラを纏い始めます。特筆すべきは、その圧倒的なボリューム。アマハゲ一体につきケンダンの数は7枚。秋田のナマハゲの場合、ケラは3枚が一般的なので、厚みは倍以上に達します。その姿は、「巨大な蓑虫」を彷彿とさせる存在感です。

女鹿のアマハゲは、赤鬼、青鬼、赤爺、黒爺、そして「ガンゴジ」の総勢五体で構成されています。これらのお面は、かつて村で行われていた「日山(ひやま)番楽」で使用されていたものだといいます。
午後四時過ぎ。神社で御神酒をいただき、いよいよ男たちがアマハゲへと変身を遂げる瞬間がやってきました。

男鹿のナマハゲが「ウォー!」と野太い雄叫びを上げるのに対し、女鹿のアマハゲは「ホゥー、ホゥー」という高く鋭い奇声を発します。さらに特徴的なのは、足元に下駄を履くこと。奇声と下駄の音が集落に響き渡ると、いよいよアマハゲがやってくるという緊張感が漂います。

お宅に上がると、アマハゲは奇声を上げながら、一直線に子どもたちのもとへ突入します。恐怖に身をすくめる子どもを抱きかかえ、独特の裏声で「イイコニスルカ?」などと戒めます。泣き叫ぶ子どもの声と、アマハゲの鋭い奇声が家中に響く様は、男鹿のナマハゲとはまた異なる、女鹿ならではの怪しくも神聖な雰囲気に包まれます。
アマハゲの巡行は、夕方の六時過ぎまで続きました。雪で足元の悪い中、重いケンダンを背負い、下駄で歩きながら奇声や裏声を上げ続けるのは、想像を絶する重労働です。道中、激しく体力を消耗し、小休止を挟むアマハゲの姿もありました。
その際も、家の人の目に付かない場所を選んで休まれていたため、理由を尋ねてみたところ、「子どもの夢を壊したくないですからね」という答えが返ってきました。来訪神として振る舞うことは、単なる伝統の継承ではなく、誰もが容易になれるわけではない「プロの仕事」なのだと感じた瞬間でした。
女鹿のアマハゲの様子も山形新聞さんのウェブサイトで動画入りで紹介されております。こちらも是非どうぞ。
ナマハゲ、塞の神、そしてアマハゲと取材を重ねる中で、改めて「来訪神」と「道祖神」の密接な関係性について考えさせられました。本来、疫病などから村を守る「境界の神」であるはずの塞の神が、清川の事例のように家々を巡る(勧進する)姿は、まさに異界から祝福をもたらす来訪神と共通の役割を担っていることを示唆しています。両行事が同じ日に行われているという事実も、その本質的な共通性を裏付けていると言えるでしょう。今回の取材は、形態こそ違えど、その根底に流れる「災厄を退け、幸福を願う」という根源的な信仰のありようを、強く実感させてくれるものでした。
ここからはお知らせです。
2026年1/24(土)~31日(土)「ヒトガタの変容 ―工藤千尋と人形の世界―」開催

人はなぜ、人形に魂を託すのか—美術作家・工藤千尋は、自らの体験を物語へと昇華させ、魂の「依り代」としての人形を制作しています。本展では、工藤の作品とともに、日本の民俗行事で受け継がれている藁人形や世界各地の人形を展示します。表現と信仰、その根底に通底するものを探り、人間と人形の深遠な関係性を考察します。
ヒトガタの変容 ―工藤千尋と人形の世界―
会期:2026年1月24日(土)~1月31日(土)[会期中無休] 会場:小松クラフトスペース
秋田市中通4丁目17-9 ℡018-837-1118
主催:秋田公立美術大学 企画:秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科
工藤千尋(くどう・ちひろ)プロフィール
1981年、秋田県秋田市生まれ。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。
地縁や血縁を題材にソフトスカルプチュアを制作。また、同じテーマで小説を手がける。第3回林芙美子文学賞受賞。
主な展覧会
2017年 第20回岡本太郎現代芸術賞展(川崎市岡本太郎美術館,神奈川)
2019年 櫛野展正のアウトサイド・ジャパン(東京ドームシティGallery AaMo,東京)
2023年 私たちは何者? ボーダレス・ドールズ(渋谷区立松濤美術館,東京)
2024年 ひとはなぜ ひとがたをつくるのか(横浜人形の家,神奈川)
ギャラリートーク:ニンギョウをまつる、ヒトガタに託す
日時:1月24日(土)午後2時~午後5時 会場:小松クラフトスペース
参加無料、要予約(お電話か申し込みフォームよりご予約下さい)
【第1部】スライドトーク(午後2時~午後3時30分)
①「人形道祖神の信仰と芸術的変容」小松和彦 (秋田人形道祖神プロジェクト)
②「これまでのあゆみ」工藤千尋
【第2部】参加型トークセッション「私のニンギョウを語る」(午後3時45分~午後5時)
参加者の皆様とともに、人形にまつわるエピソードや想いを語り合います。 ぜひ思い入れのある人形を1体(または数体)お持ち寄りください。
※聴講のみのご参加も歓迎いたします。
イベントの詳細は次回のブログでもご紹介いたします。ぜひご期待ください。
また、昨年11月の「ショウキサマ&ヤマハゲ復活プロジェクト」の際に告知していた秋田市妙法の「ヤマハゲ」ですが、諸般の事情により今年は開催が見送りとなりました。楽しみにしてくださっていた皆様には心苦しいお知らせとなりますが、一度中断してしまった民俗行事を復活させることは、並大抵のことではありません。ぜひ長い目で見て、来年、再来年と、無理のない形での復活をゆっくりと待っていたいと思います。
小松 和彦