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7年ぶりに再取材!藤倉の厄神祭り

投稿者:小松 和彦 投稿者:小松 和彦 小松 和彦

4月は秋田県内の人形立て行事の「第1次繁忙期」。岩崎の鹿島祭り(湯沢市)や鶴田のショウキ立て(大仙市)などが行われます。GW後になると農繁期になるためしばし空白期間があり、田植えが終わった6月に入ると「第2次繁忙期」に入ります。

湯沢市の皆瀬川流域に分布する自然石を藁で細工した人形道祖神「ニンギョウサマ」もこの時期に作り替えられることが多いです。この地域の人形立てについては「村を守る不思議な神様1」で藤倉(湯沢市皆瀬)を、「村を守る不思議な神様2」、「村を守る不思議な神様・永久保存版」で若畑(同)を紹介しました。このうち「1」に取り上げた藤倉は2018年に取材しましたが、実はニンギョウサマの作り替えが終わった後の神事から伺ったので、重要な場面を見逃していました。いずれ再訪しなければと思いながらあっという間に7年が経ち、ついに今年の4月20日、藤倉の人形立てをコンプリートで取材させていただくことになりました。

藤倉のニンギョウサマ(ニンギョウサンとも)は集落の3カ所の入口(峠、坂、朝月山)に祀られています(詳しくは『村を守る不思議な神様1』にて)。毎年4月第3日曜日に人形立て行事「厄神(やくじん)祭り」があり、午前8時から各家の代表が3つのグループに分かれて、ニンギョウサマの制作を行います。

集落の西側の入口を守る「峠のニンギョウサマ」は藤倉の1区、2区の皆さんが作り替えを担当。3体の中で一番大型(高さ130㎝、横幅180㎝程)で、人形のパーツも多いのが特徴。

峠のニンギョウサマには手足が付いています。これらの制作は女性たちが担当。サイズは異なるものの、作り方は岩崎や三ツ村のカシマサマとよく似ています。2018年の取材で80代の男性から「昔は毎年藁人形を立てていた」という証言を得ましたが、その名残が伺えます。

藤倉の3区、5区の皆さんが担当するのは「坂のニンギョウサマ」。こちらは女神で、峠に比べるとパーツは多くありません。参加されている皆さんは完成度を高めるため、藁編みの技術を研究されていました。

4区、6区が担当する「朝月山のニンギョウサマ」は、わずか30分ほどで完成。主なパーツは前もって準備されていたので、ほぼ組み立てるだけだったとのこと。本体に自然石を使う、この地域の人形立てならではのスピード感です。

午前9時過ぎから峠のニンギョウサマの衣替えがスタート。前年に作った藁の部分を解体すると、その本体が露わに。大きな自然石の上に、「頭」になる石を置いて固めたもので、すでに人形の姿をしているのが分かります。

衣替えはまず石の本体に両腕となる丸太を結び付け、藁で肉付けしていきます。そして兜や手足、前掛け、腰ひも(注連縄)、男性器などを組み合わせて、午前10時前に終了しました。

完成したニンギョウサマに参加した皆さんが拝礼。生まれ変わったばかりのお姿はさすが存在感があります。夏になると草に埋もれてしまうので、気温が高くなる前に参拝するのがお勧め。

そしてこちらは坂のニンギョウサマ。木刀にぶら下がっている縄は「悪いものが入って来た時に縛る」ためのものですが、今年は研究の成果か例年よりも多い気がします。秋田人形道祖神プロジェクトの初期のトークイベントでよく企画していた「宮原さんが選ぶかわいい人形道祖神ランキング」では常に上位ランクでした。峠のニンギョウサマと時間が重なってしまい衣替えの作業は見られませんでしたが、これは次回のお楽しみということで。

ニンギョウサマの衣替えの後は参加者が公民館に集まり、宮司さんによる神事と直会が執り行われます。今回どうしても確認しておきたかったことが一つありました。それは7年前に聞いた「(ニンギョウサマが)かつては別の2カ所にも祀られていたが、道路が無くなったために役割を終えた」(『村を守る不思議な神様1』より)という件について。かつてニンギョウサマが祀られていた2カ所とはどこなのかを確認できずにいたため、ずっと気になっていました。

町内会長の佐藤勝巳さんによると、峠のニンギョウサマの近くにある「宇留倉トンネル」(2006年竣工)が開通する以前、藤倉と湯沢市高松地区を結ぶルートは宇留院内峠で、現在でも通行が可能です。実はこの峠には旧道があり、以前は新旧2本の峠道沿いにニンギョウサマが祀られていたそう。トンネルが出来てから、新道にあったニンギョウサマの本体を現在の位置に遷して、「2体を1体にまとめた」とのことでした。

旧道沿いにあったニンギョウサマの石は今もそのままになっている、ということで早速行ってみることに。ちょうど集落の中心を貫く一本道を行った先に自然石を2個重ねた「引退したニンギョウサマ」の本体が置かれていました。ここは家並みが途切れる場所なので、古くから村の入口だったことが推測できます。

神野善治先生の『人形道祖神ー境界神の原像』(白水社)には「5カ所にニンギョウサマと呼ばれる境の神が祀られているという。このうち4カ所は確認できた」とあるので、古くはもう1カ所、ニンギョウサマが祀られていた場所があったかもしれません。

7年越しの念願叶って追加取材させていただいた藤倉の厄神祭り。「百聞は一見に如かず」で、実際に見せてもらうことで知り得た情報がたくさんありました。これも藤倉の皆さんが人形立てを変わらずに続けられてきたおかげです。人形道祖神が在り続けていることのありがたさを改めて感じました。

ここからはお知らせです。今回は最近発表した私の論文と新刊についてです。

①研究論文「秋田県における人形立てと鹿島流しについての一考察」上梓しました

現在、私は秋田公立美術大学の大学院博士課程に在籍しておりますが、この度大学の研究紀要に論文を投稿しました。今年の1月24日に同大学で行われたシンポジウム「人形道祖神と鹿島行事」で発表した内容を文章化したものです。秋田県にこれだけ多くの人形立てや鹿島流しが分布している理由について、文献資料や現地取材を元に考察しました。現在、ウェブ上でもお読みいただけます(こちら

今年度も人形道祖神をテーマ論文を書こうと思っております。どうぞご期待ください♪

②『秋田県の遊廓跡を歩く追補版』刊行されました

私の郷土史研究の2本柱は「民俗行事(人形道祖神含む)」と「花柳界」です。最初に手掛けたのは「花柳界」で、その取材の通じて人形道祖神に出会いました。秋田県内の遊廓跡を周って歩いた経験は、民俗行事のリサーチにも大いに活かされています。

2016年、遊廓研究家の渡辺豪さんと一緒に発表した『秋田県の遊廓跡を歩く』(カストリ出版)は私にとって郷土史研究家としてのデビュー作であり、宮原さんと知り合うきっかけにもなった一冊です(以前、こちらのブログでも紹介しました)。この本は長らく絶版になっていましたが、先月「追補版」として再版されました。今回の刊行にあたって、昨年11月に渡辺さんと9年ぶりに秋田県内を取材しました。本書ではその成果の一部を掲載しております。現在、カストリ書房小松クラフトスペースで発売中。是非お買い求めください。

Writerこの記事を書いた人

投稿者:小松 和彦
郷土史研究 小松 和彦
工芸ギャラリー・小松クラフトスペース店主 『秋田県の遊廓跡を歩く』(カストリ出版)、 『新あきたよもやま』(秋田魁新聞デジタル版) などを執筆。 http://www.komatsucraft.com/ Twitter @Komatsucraft