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濁川の虫送り行事を取材しました

投稿者:小松 和彦 投稿者:小松 和彦 小松 和彦

これまで秋田県内各地の民俗行事を取材してきましたが、その中でほぼ「未体験ゾーン」となっていたのが県北の鹿角地方(鹿角市、小坂町)です。鹿角はユネスコ無形文化遺産の「大日堂舞楽」、「花輪ばやし」、「毛馬内盆踊り」などの伝統行事で知られていますが、人形立てや鹿島流しが無いため、リサーチで行く機会はこれまでありませんでした。しかし、個人的にはどうしても押さえておかなければならない人形送り行事がありました。それが毎年6月の第一日曜日に開催される小坂町の「濁川の虫送り」です。

虫送りは農作物を荒らす害虫を追い払って五穀豊穣を祈願する呪術的行事。『村を守る不思議な神様・永久保存版』(KADOKAWA)の「境界と道祖神」で紹介した大館市花矢地区の「虫追い」も同様の行事ですが、南部地方(青森県東部)では虫の悪霊を藁人形に封じ込めて送る事例が多くあります。秋田県の鹿島行事と虫送りとの関連については、前回のブログで紹介した「秋田県における人形立てと鹿島流しについての一考察」(『秋田公立美術大学研究紀要』収録)でも触れております。

青森県東北町上板橋の藁人形(2024年7月撮影)

鹿角郡は近世、南部藩領であり、地理的、文化的に青森県東部や岩手県北部に近いため、濁川の虫送りも南部の影響を色濃く受けているようです。実は他の秋田県内の人形行事でも山田のジンジョ祭り(大館市)や、松田の鹿島流し(横手市)など、南部の人形送りの要素を含んでいると思われる事例があるため、双方を比較するためにも拝見したいと思っていました。そしてこの6月1日、ついに取材をさせていただきました。

濁川は小坂町北部の川上地区にある約95軒の集落。午前8時半、約15名の村の有志の皆さんが中心部にある摺臼野神社に集まり、藁人形作りが始まりました。

虫送りの主役は男女一対の藁人形で男は「白やっこ」、女は「赤やっこ」と呼ばれます。パーツは前自治会長さんが一週間前に三日かけて作られたそう。「紅白」の2チームに分かれて人形の組み立てを行います。男女の共に立派な「シンボル」があり、女の方は小さなサンダワラを折り曲げて表現されていました。

白やっこ&赤やっこは午前10時過ぎに完成しました。高さは男は87センチ、女が75センチ程。人形が纏っている襷(たすき)の素材はシナノキの皮です。シナノキは北東北では「マダ」と呼ばれており、『村を守る不思議な神様・永久保存版』の「ナマハゲと道祖神」に登場する来訪神・石名坂のアマノハギ(にかほ市)は、マダの樹皮を編んだ「マダゲラ」を着用していました。また、これを糸にして織った「しな布」は小松クラフトスペースでも時々取り扱っております。

お昼を挟んで神事が行われます。自治会長さんが拝礼した後、白やっこ、赤やっこを担ぐ役を任された男性が拝礼。そしていよいよ、出発です!

虫送りの巡行は集落の北端からスタート。幟の付いたホウノキやナラノキを持って自治会の役員や子供たちが先導し、その後を白やっこと赤やっこ、そして太鼓が続きます。そして、「赤やっこ、白やっこ、振りだせ振り出せ、今年も豊年、万作だ~♪」と囃しながら歩いていきます。この囃し唄には「艶唄バージョン」があることも教えていただきました。

時々、沿道の家から住民の方が出てきて、人形に触れます。これは人形に身に付いた厄を託すという意味があるのだそう。車で通りがかりった人も、願いを込めて人形にタッチ。人形には害虫だけでなく、人に付いた厄も託されるのです。「昔は厄を背負った人形が家に投げ入れられるのを恐れて、大きな家では虫送りの一行を酒でもてなした」という裏話も聞くことができました。各地の人形道祖神と同様、虫送りの人形は吉凶表裏一体の存在であることがうかがえます。

2時間半余りの巡行の後、集落の南端にあたる小坂川と古遠部川の合流地点近くの河原へ。かつては川へ流したそうですが、今は人形を抱き合わせて燃やします。虫送りはこれにて終了。一行は会館へ戻り、そこで直会になりました。

地元の歴史に詳しい中村修太郎さんによると、濁川の虫送りは戦中に一度中断を余儀なくされ、戦後復活したものの昭和30年代から20年程中断するなど、復活と中断を繰り返しながら伝えられてきたそう。コロナ過でも3年間中断しましたが、一昨年に再開しました。地元の町長さんや県議会の議員さん、博物館の学芸員の皆さんも行事に参加し、地域を挙げて「虫送り」を伝えていこうという思いが伝わってきました。人形の民俗行事が町の誇りとして大切に継承されている姿に感銘を受けた今回の取材。「人形立て」と「人形送り」の関係性についても、新たに考えさせられることがありました。この考察については年度内に、論文としてまとめてみたいと思っております。

Writerこの記事を書いた人

投稿者:小松 和彦
郷土史研究 小松 和彦
工芸ギャラリー・小松クラフトスペース店主 『秋田県の遊廓跡を歩く』(カストリ出版)、 『新あきたよもやま』(秋田魁新聞デジタル版) などを執筆。 http://www.komatsucraft.com/ Twitter @Komatsucraft