後編では、下記4つのタヌキの伝承をリサーチし、アートで表現した過程をご紹介します。
<目次>
- (1)青木藤太郎(徳島県三次市山城町)
- タヌキの恩恵
- 青木藤太郎の祠
- (2)金長(徳島県小松島市)
- 神社の存続運動で変化したこと
- (3)喜左衛門(愛媛県西条市)
- (4)隠神刑部(愛媛県松山市)

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青木藤太郎
(徳島県三好市山城)
徳島県の山間部に位置する三好市。山渓には弾除け祈願の古狸、火の玉狸、相撲取り狸など数々のタヌキ伝説が存在します。青木藤(とう)太郎も山城生まれ。悪さをする2匹のタヌキを殺し、人のために尽くしたといわれています。

私たちは山城地区に伝わる妖怪タヌキで町おこしをされている「やましろ狸な会」の事務局長・中村竜司さんにお話を伺いました。中村さんたちはこれまで、地元の高齢の方から60ほどのタヌキの話を掘り起こされています。
「両親がタヌキの嫁入りをみたと言っていました。山に火がぽっぽと出てくるので、それがたぬきの嫁入りじゃないかと。また、隣のおじさんが網で火の玉を捕まえたと言っていたので、ほんま!?熱くなかったん?と思いました」と50代前半の中村さんは率直にお話ししてくださいました。

タヌキの恩恵
「(香川県と高知県を結ぶJR土讃線の)2つ隣の大歩危(おおぼけ)駅は有名ですが、ここ(阿波川口駅)は通過点のような場所。だからタヌキさんの力を借りて町おこしをしようと思いました。外からたくさんの人がここへ来てほしいし、地元の人にも喜んでほしい」と中村さん。

お話の中でとても興味深かったのは、
「JR土讃線開通80周年を記念し、2015年に初めてイベント『やましろ狸まつり』を開催しました。その後活動を広げようと山城支所の建物にタヌキの絵を描かせてくれと頼んだら断られて。だけど支所長が描いてもええよ、と後にOKしてくれました。JRも駅名を変えたら、と言ってくれました。なんだか話が転がっていくんですよ。私たちはたぬきに化かされているんじゃないかなあ」というくだりです。


2015年にJR土讃線開通80周年を記念し「やましろ狸まつり」が開催された。これを機に2017年「やましろ狸な会」が発足。同年に完成した駅舎の「汽車ダヌキ」は、住民のみなさんがデザインし制作されたもの。
2022年にはJRからの提案で通称名「ぽんぽこ阿波川口駅」が追加された
青木藤太郎の祠
人のために尽くしてきた青木藤太郎は、その死後、神として山の祠に祀られました。
山中にある「青木大明神」の祠の形状は、平石を重ねて作られた屋根付きのもの。オフナダ様(※詳細は「中編」にて)が祀られる祠「オカマゴ」に似ているのでは、と徳島県立博物館の学芸員・磯本さんに尋ねてみました。「オフナダ様の祠だったかはわからないが、この形状は『オカマゴ』 である」とご確認いただき、これがオカマゴ!と嬉しくなりました。

以上のリサーチを経て、青木藤太郎に「オカマゴ」の平石を重ねたような要素を描き込み、また、中村さんのお話にあった「町おこしをしていると自ずと地場の企業から支援が集まり、まるでタヌキの恩恵があるかのように活動が広がっていった」お話が印象的でしたので、青木藤太郎が中村さん達の活動を力強く支えるポーズを選びました。

金長
(徳島県小松島市)
阿波狸合戦(詳細は中編にて)に登場した「金長」について、「一般社団法人 金長と狸文化伝承の会」副理事長の服部宏昭さんにお話を伺いました。服部さんは地蔵寺(徳島県小松島市)のご住職。緑やお花が美しい境内で取材が行われました。
金長が祀られている金長神社(徳島県小松島市)は2017年、敷地が市の公園整備計画で南海トラフ地震の避難区域にかかり、取り壊しが計画されました。「防災なら仕方ないと諦めていましたが、工事の計画書をみたら駐車場になっていて。そこで私たちは神社の存続を求める運動を起こしました。1万票もの署名を集め、市長が辞職したこともあり、2021年に神社の解体が撤回されました」と服部さん。

また、御年60代の服部さんが抱く「タヌキ像」についてもお話を伺いました。
「1960年頃の話になりますが、私の祖母が道に迷い帰って来れなくなったとき、タヌキに化かされたと言っていました」
「子どもの頃、タヌキを祀っていたお寺の写生会に参加しました(当時タヌキのお寺という認識はなかった)。花を描いたら賞品のお菓子がもらえて嬉しかった記憶があります。家族とよく遊びに行っていました。」と懐かしそうにお話しされました。
服部さんにとってのタヌキ像は、どうやら遠い昔の記憶にあるようです。そこで気になったのは、7年前に金長神社の取り壊しの話が出たとき、なぜ反対運動を起こすほどの強い意志を持たれたのか。タヌキ像に変化があったのかもしれません。このあたりを服部さんにお聞きしました。
暫く考え込んだ服部さんは、思い出したように「ちょうど墓じまい、仏壇じまいが続いていて、神社じまいというのでしょうか、きちんとしまったほうがいいと思いました。子どもの頃の思い出を大事にしたいと思ったのです」と教えてくださいました。
神社の存続運動で変化したこと
「2017年に行政に祠が取り壊されそうになり、みんなで何とかしなくてはと考え始めたら、タヌキに対する意識が変わったんですよ」と服部さん。ロードキルのタヌキをカウントするようになったり、「タヌキが相撲を取っていたよ」と言う人が現れたり。

さらには、地蔵寺に来られたヨガの先生の靴が3回もなくなることがありました。監視カメラで確認してみると、犯人はタヌキ。「憎らしいというより、姿をあらわした!という喜びが大きかった」と服部さん。

インタビューが終わる頃には、私は服部さんのお人柄にすっかり魅入られてしまいました。
当初 「阿波狸合戦」の金長の姿を描こうと、旗を立て、甲冑を体の模様にして表現しましたが、同時に姿を現すようになったタヌキを怒ることもなく、逆にタヌキをあたたかく見守る服部さんのエピソードを表現したいと思いました。そこで靴をくすねるタヌキのかわいらしさも、絵に取り入れました。

喜左衛門
(愛媛県西条市)
愛媛県西条市の大気味(おおきみ)神社に住んでいるとされる喜左衛門タヌキ。日本三名狸にも数えられている香川県高松市屋島の「太三郎タヌキ」との化かし合いの末、勝利を収めました。
「ここは顔のない町と言われたから、(この地区にある)大気味神社の喜左衛門の伝説を思い出し、タヌキで町おこしを始めたんだ」と話される徳田正樹さんは、1996年に「喜左衛門狸の会」を結成しました。御年80代ですが、とても若々しい方です。
徳田さんにタヌキについてお聞きしたところ、「子どもの頃、祖母から神社の前の川を渡ったら女の人に化けたタヌキに襲われるよと言われた。タヌキの記憶はそれくらいだよ」と笑いながらおっしゃっいました。

「この会(喜左衛門狸の会)は多い時は20人くらい。今は5人で、平均年齢は75、6歳。喜左衛門を絶やしたくないから若い子にもつなげていきたいね」
「みんなが喧嘩もせずずっと穏やかにこの会をやってこれたのは、(喜左衛門の)大きなお腹で包んでくれたおかげ」とにこやかにお話してくださいました。

また大気味神社について、「田植えが終わると同時に、みんな神社で虫よけのお札をもらいに来ていたよ。」「当時はタヌキと神社が関係するイメージはなかったな」と徳田さん。

印象的な徳田さんの言葉「大きなお腹」を軸に絵を描いたところ、真ん丸で穏やかな喜左衛門が生まれました。神社にひょっこり出てきてくれたらいいなと思います。
また大気味神社に住む喜左衛門は、きっと田んぼの悪い虫を尻尾で追い払ってくれただろうと思い、フサフサの尾を付けました。

隠神刑部
(愛媛県松山市)
808匹のタヌキを従え、愛媛県の松山城を守り続けるタヌキ。日本三大狸話の一つ『松山騒動八百八狸物語』に登場し、四国一の霊験を持つとされています。トレードマークは数珠と袈裟。
「前編」のトークライブにご登場いただいた美術歴史家の小椋さんより、隠神刑部についてのレクチャーを受けました。
その起源は、弘法大師が畑を荒らす猪を撃退するため、板絵に描いた狼のような犬の絵に由来します。猪を撃退した犬の絵は、やがて「犬神」と呼ばれるようになりました。ちなみに「刑部」は司法全般を管轄する役職の一つ。

隠神刑部のルーツは犬神とのことで、タヌキと狼を混ぜたような顔にしました。また「四国のタヌキは信楽焼のタヌキと比べ、鼻がスッと長い」というお話も参考にしています。
さらに、取材が行われた会場「松山兎月庵」の影響も。同館は小椋さんが館長を務められ、多くの文化財が展示されています。取材中、貴重な古書や資料を小椋さんが次々手品のように持ってきてくださったり、舞台演出家でもあられるのでびっくりする仕掛けを見せていただいたり。このとき心に刻まれたサーカスのような余韻を絵に込めました。

さいごに
こうして無事、4点のタヌキの絵を描き上げることができました。
今回は「伝承」という実態がないものを追いかけましたが、みなさまとの対話がとても参考になり、これまでとはまた違ったテイストに仕上がったのではと思います。
また数々のお話の中で、タヌキたちが一気に色鮮やかに浮かび上がってくる様子がとても面白く、またタヌキを通じて、その土地の歴史や社会的背景が垣間見えることも興味深く思いました。
この度は中村さん、服部さん、徳田さん、小椋さん、そして徳島県立博物館の磯本さんには多大なご協力を賜りました。謹んで御礼申し上げます。
またお声をかけてくださったシコックのディレクターのYさん、デザイナーのAさん、カメラマンのSさん、そして一緒に聞き取りをされたライターのKさん、楽しい道中を誠にありがとうございました。たった2泊3日の旅でしたが、濃密な時間のおかげで4つのタヌキを描き切ることができました。
現在琴平文具店さんで開催中の特別展「真・四国タヌキ学」は8月26日まで。4つのタヌキの世界をお楽しみいただけたら幸いです。

特別展示「真・四国タヌキ学」
同ブログでご紹介したリサーチを通じた特別展が、香川県琴平にある琴平文具店さんで開催中!シコックさんによる言葉の展示と、宮原の原画をご覧いただけます。愛媛と徳島のタヌキ伝承を巡る旅をお楽しみください~!
日時:7月20日(土)~8月26日(月)
場所:琴平文具店
香川県仲多度郡琴平町 183番地/TEL 0877-58-8188
営業日 13:00-17:00 (定休日:火曜、水曜)
主催:シコック