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<番外編>(中編)タヌキ伝承の基礎知識

投稿者:宮原 葉月 投稿者:宮原 葉月 宮原 葉月

 「四国にはタヌキの伝承が1000箇所以上ありますよ」


 前編から続きます。上記は松山市出身の美術歴史家でもあり、タヌキの伝承を研究されている小椋浩介さんの言葉です。
 タヌキ伝承調査に乗り出した私たち「シコック・タヌキ」チームは、話を伺うことができる4つのタヌキの調査を始めました。

<関連ブログ>

<目次>

  • タヌキ伝承の聞き取りは難しい
  • タヌキの話は「伝説」
  • 阿波狸合戦
  • 四国にはなぜ、キツネではなくタヌキの伝承が多いのか
  • 徳島県小松島市でタヌキの祠巡り
  • タヌキはカタチを変えて、今でも語り継がれる

タヌキ伝承の聞き取りは難しい

 タヌキ伝承の取材において、私は初っ端から大きな壁にぶつかりました。
 人形道祖神行事の取材と異なり、タヌキの伝承は目に見えるものではないからです。また、取材で70~80代の方にお話を伺うことができましたが、その方のさらに上の代、ご両親やおじいさまおばあさまが「こう言っていたよ」という、間接的な聞き取りが取材の軸となりました。タヌキの怪異を直接目撃・体験した方にお話を伺うことはなかなか難しい。

 そこで、以前文化庁のお仕事で知り合った徳島県立博物館の専門学芸員・磯本宏紀さんに、この度の徳島県におけるタヌキの調査にご協力をお願いし、上記の状況について聞いてみました。

朗らかに明るく解説してくださる磯本さん。博物館や徳島県内の調査でお忙しい中、この度は取材のご協力を誠にありがとうございました!
磯本さんのご専門は日本民俗学。最近の研究は「徳島県からの漁民移動の民俗に関する調査」など。詳しくはこちら

 磯本さん曰く、「徳島では山間部の80代の方だと何人かはリアルにお話をしてくれますが、他の方はわからないと思いますよ。」「たぬきの伝承は、既に江戸時代から金長だぬきの話(※後述あり)などが固定化されていて、古い伝承の聞き取りは難しいです。みなさんは講談(※)や絵本、学校などの影響を受けていますから。」

※講談師が高座にあがり、釈台(しゃくだい)という小さな机の前に座り、張扇(はりおうぎ)で釈台を打ちながら、『太平記』や『源平盛衰記』等、軍記物を観衆に対して面白く読み聞かせる。新進気鋭の講談師に神田伯山(6代目)さんらがいる。

タヌキの話は「伝説」

 磯本さんによると、タヌキの話は「伝説」に分類されます。「どこの誰々(もしくは場所)があるもの」が伝説。ちなみに、場所がわからず「昔あるところに」と始まるのが昔話です。

 宗教者同士の勢力争いや人を「タヌキ」に置き換えるとオブラートに話せるということで、タヌキの伝承は講談や浄瑠璃など芸能を通じて広まっていきました。

 上記はジブリ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」のモデルとなったと言われる「阿波狸合戦」の古戦場跡(徳島市)。目の前に大きな勝浦川が流れています。

阿波狸合戦

 「阿波狸合戦」とは、江戸時代に阿波の国で起きたタヌキの大戦争の物語。簡単にご紹介します。

 小松島市の染物屋「大和屋」の主人は、子どもに虐められていたタヌキを助けました。そのタヌキは恩を返すため、一人の男に取り憑き大和屋で働き始めます。するとお店は大繁盛。そのタヌキの名は金長といいました。

 金長は勝浦川対岸に住むタヌキの総大将・六右衛門の元に修行に出掛けます。ここでも優秀な成績を収めた金長。六右衛門は金長を自身の手に入れておきたいと、娘の婿養子になるよう提案しましたが、残虐な六右衛門の性格を知る金長は断りました。すると六右衛門が仲間と共に金長を襲撃し、金長の仲間の「鷹」が死んでしまいます。金長は仇討ちの仲間を集め、激しい戦いが繰り広げられていきます・・・

 「阿波狸合戦」の物語が生まれた背景には(1)昔タヌキがたまたま大量死し、それが講談となり娯楽的に伝わった説、(2)勝浦川をはさんで宗教者同士の北と南の争いがあったという説などが考えられています。

四国にはなぜ、キツネではなくタヌキの伝承が多いのか

 「徳島では、三好市と東みよし町など山間部にタヌキの伝説が多いです。タヌキ火、あずき洗い(タヌキが川であずきを洗う音が聞こえる)、タヌキの嫁入りなど、キツネの話がタヌキに置き換わっています」と磯本さん。(※詳しくは後編でご紹介)

 それではなぜ、四国は「タヌキ」なのか。

 前編でご登場いただいた美術歴史家の小椋さんによれば、古書『本朝故事因縁集巻二』(元祿二年)から「ある男の妻に化けたキツネが罰として殺されそうになったので、四国中のキツネが集まり命乞いをした。男は話を聞き入れ、四国中の狐が四国から立ち去ったら命を助けると約束した。キツネたちは約束を守り安芸の国(広島県)へ海を渡った」と教えてくださいました。とてもスッキリする話ですね。

 せっかくですので、他の方の考察をご紹介します。

 人文資料のデータ解析を手掛ける山田奨治氏著の『みえる狐、みえない狸』によると、データベースを活用し、怪異・妖怪事例と野生動物の数量的な比較を試みた結果(内容をかなり端折るので詳細は山田氏のご著書をお読みください)、
・四国にキツネはあまり生息していない
・四国のタヌキは他の地域とくらべて多いわけではなく、キツネの少なさに反比例している
タヌキの多さと怪異の事例の間の関係性はない ←コレ!

 「四国では確かにキツネよりタヌキが多く生息している。しかしながらタヌキの伝承が多いこととの関連性は見いだせなかった」「一方キツネは野生動物の多さに比例して怪異事例も多くなる」「タヌキは野生動物との関係で考えるよりも、純粋に文化的な事象とみたほうがよい」と結論づけられています。結局のところ、「四国にタヌキの伝承が多い理由」はわからず、今後の研究に委ねられました。そう単純な話ではないことに、タヌキ学の奥深さを感じます・・・

 ちなみに学芸員の磯本さんも「タヌキは昔よく見られただろうが、そのことが伝承が生まれた要因にはならない」 とおっしゃっていました。

 余談ですが、中村禎里さん著の書籍『狸とその世界』では「音と狸の関係性」や「下級宗教者が諸国を勧進して歩いた(タヌキと関連づけ)」、「タヌキは神使化しえなかった動物たちを広く包括した」などタヌキに関する様々な考察がなされ、とても参考になりました。

小松島市でタヌキの祠巡り

 私たちシコック・タヌキチームは、学芸員の磯本さんと一緒に徳島県小松島市にあるタヌキの祠巡りをしたので、簡単にご紹介します。

(1)「金長神社本宮」(小松島市)
京都の新興キネマが映画化した「阿波狸合戦」が大ヒットし、倒産寸前だった新興キネマが持ち直す。そのお礼に映画関係者などが1939年(昭和14年)、日峰山中に建てた神社。天井画に甲冑を着た金長が描かれている。

(2)「鳳の木(ほうのき)大明神」(小松島市)
現祠より300メートルほど神田瀬川を上った鳳栄町付近で子ども達とよく魚をとっていたとされるタヌキ。
「昔ここはフナト(岐)(※)が信仰されていたのでは」と磯本さん。「フナトとはよばれていないが、おそらく昔からこの地に祠があったが川の整備などで移動され、祀ってあったものを石の祠に封印している」 
※徳島県全域に見られる民間信仰。とくに徳島県神山町に多く分布。丸石がご神体であることが多い。道祖神の原型とも言われているが、屋敷神としての性格に近いという説も。

(3)「田左衛門大明神」」(小松島市)
阿波狸合戦では金長の軍師を務め、勝利に導いたとされる田左衛門タヌキが祀られている。「ここにも古い祠があり、タヌキ信仰が上書きされています」と磯本さん。

(4)「大鷹大明神・小鷹大明神・熊鷹大明神」(藤樹寺内)(小松島市)
阿波狸合戦で大将・金長の身代わりとなり死亡した大鷹。大鷹の子どもである小鷹と熊鷹は父親の仇討ちに活躍した。磯本さんと一緒に住職にお話を伺ったところ、先代のもとに3匹のタヌキがやってきて「祠を表に作ってほしい。そうしたら商売繁盛になるから」とお願いされたというお話を伺うことができた。

 小松島市でのタヌキの祠巡りで印象的だったのは、タヌキの祠は小松島市の他に徳島市にもいくつか存在し、どれも古い祠にタヌキの信仰が上書きされていること。「タヌキの祠が新たに作られることは少ないです」と磯本さん。
 また、タヌキの祠がお寺によく祀られるのも特徴の一つ。説法でタヌキを用いたり、お寺同士の勢力争いをオブラートに包むためタヌキによく例えられていた背景があります。

タヌキはカタチを変えて、今でも語り継がれる

  「江戸時代には既に講談があったので、現在のタヌキの伝承はその影響を大きく受けています。またこれまで多くの聞き取りが行われ、新たな話を発掘するのは難しく、タヌキの伝承の専門家はいません」と、磯本さんは伝承研究の難しさを教えてくださいました。
 一方で「講談でタヌキの話が広まっていった過程は、今の町おこしや映画化、はたまたサッカーチーム(※1)のマスコット化やお菓子のパッケージ(※2)などを通じて広がる流れと同じではないでしょうか」という磯本さんの言葉に、私はハッとさせられました。

 「昔の伝承に固執しなくてもよいのだ、”今”を追おう。タヌキを大切にされているみなさんの心の中にあるイメージに迫り、それらを絵に投影してみたい」と思い直しました。

 次号、「(後編)リサーチとアート ~タヌキ絵のご紹介」へ続きます

郵便局名は「金長だぬき郵便局」。旧名は「小松島新港郵便局」。1989年に改名されました。国鉄・小松島線の駅跡地に作られた「小松島ステーションパーク」のすぐ近く。
「小松島ステーションパーク」にタヌキの像がたくさん点在。なんといっても世界最大のタヌキ像は圧巻です。「夜公園に行くと、タヌキに上からみられているようで少し怖いです」と地元の女子高校生談。郵便ポストの上にもタヌキ。
金長まんじゅう おいしかったです

(※1)徳島県をホームタウンとするJ2リーグの「徳島ヴォルティス」
(※2)「金長まんじゅう」(徳島のハレルヤ)や「たぬきまんじゅう」(愛媛のたぬき本舗)など

<関連ブログ>
▼ 展示告知 ~展示の経緯と概略について
▼ (前編)展示の搬入とオンライントークライブ
▼ (中編)四国のタヌキ伝承の基礎知識 ~徳島県立博物館の学芸員・磯本さん登場 ←今回のブログ
▼ (後編)リサーチとアート ~タヌキ絵のご紹介

夏の特別展示は8月26日まで!

特別展示「真・四国タヌキ学」

同ブログでご紹介したリサーチを通じた特別展が、香川県琴平にある琴平文具店さんで開催中!シコックさんによる言葉の展示と、宮原の原画をご覧いただけます。愛媛と徳島のタヌキ伝承を巡る旅をお楽しみください~!

日時:7月20日(土)~8月26日(月)
場所:琴平文具店
   香川県仲多度郡琴平町 183番地/TEL 0877-58-8188
   営業日 13:00-17:00 (定休日:火曜、水曜)
主催:シコック

Writerこの記事を書いた人

投稿者:宮原 葉月
イラストレーター 宮原 葉月
広告・書籍・雑誌でイラストを描く。 「LOWELL Things」(ABAHOUSE)とのコラボバッグ、 シリーズ累計49万部「服を買うなら捨てなさい」(宝島社) 装画等を担当。 http://hacco.hacca.jp Twitter @hatsukimiyahara